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ゆかりの地をゆく|対馬

金石屋形かねいしやかた

現在地:長崎県対馬市厳原町今屋敷

 宗貞国さだくには、応仁の乱が始まった翌応仁2年(1468)、それ以前には佐賀さか(対馬市峰町)に置いていた居館を対馬の国府に移した。中村屋形、池の屋形を経て、金石屋形、桟原屋形と続く。この地をやがて府中と呼ぶようになる。

 宗将盛まさもりが金石屋形を築き、寛文5年(1665)、宗義真よしざねが拡張。城郭を整備し、大手門にやぐらを建てたのが同9年。これより金石城あるいは府城ともいうが、天守閣は造らなかった。金石川に沿った城壁と大手門付近の石垣が多数現存し、また、城内の西南隅に見事な庭園跡と奥の門の跡が残っており、遺跡全体は国の史跡に指定されている。

写真
写真1 大手門。文化10年(1813)に火災で焼失。同14年(1817)に再建されたものが大正14年(1919)に解体され、現在その建材を使って復元されている。復元が可能となったのは櫓の模型が保存されていたからである。
写真
大手門付近の石垣。対馬流の石垣技術がうかがえる。
参考文献
  • 永留久恵『対馬歴史観光』杉屋書店、1994年
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