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ゆかりの地をゆく|江戸屋敷と蔵屋敷

江戸対馬藩邸下屋敷えどつしまはんていしもやしき

現在地:東京都荒川区南千住

写真
都営荒川線三ノ輪駅、右手が対馬藩下屋敷跡。

 対馬藩の下屋敷は、上屋敷から北、現在の荒川区三ノ輪、東京唯一の都電、荒川線の始発駅三ノ輪駅付近にあった。この下屋敷は『宗氏家譜略』によると、寛文2年(1662)3月4日幕府から拝領し、面積7800坪(約25600m²)あった。近隣には野黒羽くろばね藩大関家、伊予新谷にいや藩加藤家の屋敷があった。それぞれの屋敷跡には、現在荒川区の史跡案内板が設置されている。

 対馬藩邸はツバメが巣を作らない屋敷であった。万延元年(1860)、対馬藩士中川延良が対馬の歴史、伝承などをまとめた『楽郊紀聞らっこうきぶん』に、江戸藩邸を次のように記している。江戸藩邸に長く勤める下男長五郎が、「このお屋敷はツバメが巣を作らない。私は25、6年も勤めて気をつけていたが、巣を決して見たことがない」と語ったという。続けて「小石川(水道橋外)の中屋敷にも数年勤めたがツバメは巣を作らなかった。初めからかと思ったが、最初は長屋などに巣を作っていた。しかしその後は巣を作らない。今は他家の屋敷となったがどうなったであろうか。箕輪(三ノ輪)の下屋敷もツバメは巣を作らない」と話した。中川延良は長五郎は江戸の人で、うそをつくような者ではない、自分も中下屋敷は知らないが、上屋敷ではツバメの巣を見たことがない、と書いている(巻5「奇聞」)。

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