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宗家文書の紹介|宗家と幕府

領知判物りょうちはんもつ

 領知判物とは、江戸幕府の各将軍から各藩主に宛てて出された領地を安堵する文書である。この文書は寛永11年(1634)8月4日に、3代将軍徳川家光から対馬藩2代藩主宗義成よしなりへ出された。義成は元和3年(1617)3月、従四位下、侍従、対馬守に任じられており、対馬侍従と呼ばれた。宗家文書に残る一連の領知判物はすべて写である。写なので家光の印判はなく「御在判」と書かれている。

 本文では、対馬一円と肥前国基肄、養父郡(佐賀県鳥栖市他)で11837石を領知するとあるが、対馬国は無高のため、この石高はすべて肥前領の石高である。「目録在別紙」とあるが、これは領地の詳細を記した「領知目録」のことで、別項で紹介している。

写真
徳川家光判物写

翻刻文
対馬一円并肥前国基肄
養父両郡之内壱万千八百
三拾七石目録在別紙事、如前々全
可領知之状如件
寛永十一年八月四日御在判
対馬侍従とのへ

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